山本和正パーソナルサイト

速いドライバーの心理状態は?

今回のコラムは、エッセイ風のノリで、人間の感覚に迫ります。お楽しみいただければ幸いです。

 本当に速いドライバーに出会うとき、その多くが、先入観なしで、何か他人と違う空気を感じ取るものである。 そしてそれは、その人間から染み出る雰囲気であり、その人自身の感覚的な部分に迫るものでもある。 アイルトン・セナも神がかり的な走りをしていたそうだし、事実自分自身で「神を見た」などという、 一般的にはどういう形容なのかわからない言葉も残している。これは、一体どういうことなのだろうか。

 人間は誰でも、第6感とも言える勘がある。しかし通常、それは人間の脳の潜在能力として隠されているのだろう。 人間は集中することによって、この隠された能力を引き出すことができる。これを高いレベルにもっていける人間が、 特にこの自動車レースのような世界では上に立つことができるのではないかと思っている。 事実、自分にも経験があるからだ。今から話すことは、別に自画自賛ではない。 事実として、或いは経験として語ることである。

 もう3年程前になるだろうか。ある冬の晴れた日だった。F4のスポーツ走行に鈴鹿サーキットを訪れていた。 鈴鹿フルコースの、フォーミュラスポーツの時間である。その時間帯は、15台ぐらいのFJと、 7〜8台のF4が走行する時間だった。いつものようにマシンのチェックを済ませて、いつものように出走準備をし、 いつものように乗り込んだ。冬ということもあり、念入りに1ラップタイヤのウォームアップを行った (鈴鹿フルコースは約6キロと長いため、1ラップでも十分スリックタイヤは温まった)。

 何ラップ目だったか覚えていない。全開での走行を開始していた。普段通りだった。 1コーナーを5速のままチョンブレで進入、アクセルオンで抜け2コーナー手前でブレーキング、 4速。4速ホールドのまま、アクセルの調整だけで、S字を抜けていく。 その周は、ホームストレートでスリップストリームから1台F4を抜いた。何台かFJが一緒に走っていたが、 スピードが違うのですぐに追いつくから、綺麗に抜いていかないとお互い危ない。前にも後ろにも、 何台かのFJが走っていたと思う。S字を抜け、逆バンクを上り始めた時だった。 「この先で何かありそうな予感、雰囲気、空気が漂う」というのか、とにかくスピードを 緩めた方がいいような感覚になった。

 逆バンクから先は上り坂になっていて、デグナーカーブまでは下りになっているので、先は見えない。 しかもフォーミュラは車高が低いので、余計に先は見えない。 その時は4速で全開で逆バンクを立ち上がってくるところで、そのまま進入していくと 弱オーバーが出て少しスライドしながらコーナーリングしていく箇所だ。4速5500rpmぐらいだから、 スピードで言えば多分140キロ前後ぐらいだろうか。

 しかしこの感覚のために、アクセルを思わず緩め、限界のスピードには至らないで進入していった。

 すると、逆バンクからの上り坂を登りきって、視界が開けた瞬間、飛び込んで来た風景はとんでもないものだった。 たった今、目の前でFJ2台が絡んで、横を向いて止まっており、コースをほぼ塞ぐような状態になっているではないか! 接触が起こってすぐに私が進入してきたため、ポストからのイエローフラッグも間に合わないタイミングだった。

 限界スピードでスライドしながら進入していれば、その2台にまともに突入していったかもしれない。 或いはこの2台への接触は避けられたとしても、壁にぶつかったかもしれないし、 少なくともコースアウトは免れなかったと思う。それぐらい、一瞬の出来事だった。

 スピードを緩めていた私はびっくりはしたが、十分に余裕を持って2台の脇を抜けて、事なきを得たのだ。 この後、程なく赤旗中断となった。どうやらこの2台の回収をするのだろう。 私の後ろから来たF4(ホームストレートで抜いた)はイエローフラッグを見たのだろう、これも無事抜けたようだった。

 この感覚である。カラ自信、といえばそれまでだが、リラックスして、且つ集中している時、 意外に危険を事前に察知できたりすることがある。こういう経験をしたことがある人もいると思う。 例えば2輪で峠を軽快に走行中、ブラインド右カーブをバンクをつけて進入する時、 普通ならセンターラインギリギリのインをつくラインだと、バンクをつけると体半分は反対車線にはみ出てしまうが、 なぜがふとラインをそこまで寄せずに進入してら、対向車が来た、というような経験は? もしセンターラインからはみ出ていれば、恐らく死んでいた。

 また、4輪でも、昼間にワインディングを快調なペースで走行している時、 何となく「対向車が来る気がする」という時は本当に来る経験は? (夜ならヘッドライトで対向車が来るのは予想できるが)

 視覚、聴覚、嗅覚のいずれでもわからない筈なのだ。 言ってみれば全身の細胞が危険を察知してそれを脳に伝えた、とでも言うような例えようのない感覚だが、 これは言わば「勘」だろう。

 こんな経験をしたから、一層直感のようなものを大切にするようになった。 しかしこれがあるからと言って、全ての危険を避けられる訳ではない。コースアウトや他車との接触もあった。 心理状態を振り返ってみると、「リラックスして、集中している」状態だったと思う。 気持ちに余裕がなく、いっぱいいっぱいでマシンの挙動のみに集中している状態では、 フラッグも振られていないのだから多分わからなかっただろう。集中については体力と関係がある。 レーシングカーで走る訳だから、全く集中せずに乗ることはあり得ない。しかしずっと走行して、 体力が持たなくなってくると、集中力も低下してくる。そういう時もやはり気づき辛いと予想される。

 よく言われることだが、やはり冷静さを保って、 集中している状態が最もいい状態だということは間違いないようだ。 もちろんモータースポーツに限ったことではない。

 速いドライバーは恐らく、無意識に、又は意識的にこういう感覚を少なからず覚えているに違いない。 世界のレースを見ていても、絶対ぶつかるような状態でも切り抜けてしまうドライバーは多い。 最も、自分がこの後スピンするかしないかまでは、挙動が乱れてからでなければ予知できないとは思うが・・・。

↑ページ先頭に戻るコラムトップ
©KAZUMASA YAMAMOTO