・・・キミは、せむし男を知っているか?
そうだ、あいつだよ、あいつ。平日の昼間から、ほぼ毎日、いや、平日の昼間しか現れないんだよな。
服装は、ねずみ色の作業服姿。
でも、楽しそうに、必ず1コーナーのスタンドに座って見ているのだ。
髪型もどうみてもリーゼントみたいな感じの髪型だし、
茶髪で、妙にオールバックが似合う感じだ。
そして顔はかつての北の海のように、
つり上がった眉毛と大きな顔。
身長は175センチぐらい。でもかなりの猫背で
見た感じ「せむし男」だよ。
特にドリフトに興味があるらしい。
ドリフトの時間になると時には笑顔さえ浮かべながら
楽しそうに見ている。
うむむ、一体何者なのだ!?
でもたまにはパドック内を歩き回り、自販機でジュース買ったり
トイレにも行くわな、そりゃ。
もう顔も覚えてしまった。
しかも、彼としてもサーキットに来れば毎回同じ顔を見る訳で
こちらも顔も覚えられているに違いない。
何度も来るのでどんな人なのだと思い下の駐車場などをチェックすると、どうやら
セフィーロに乗っているらしい。
ははあ、なるほどドリフトをやりたいらしいな。
しかし一度たりとも自分で走ることはない。
好きなのだなあ、ということまではわかる。
ある日私は自販機近くの水道で手を洗っていたが
無線機を後ろの水道のポンプの上に置いたままに、
取るのを忘れて事務局に戻ろうとしていたようだった。
そのとき、自販機のところでジュースを買っていたと思われる彼に
「あ、無線を忘れていますよ。」
!!!!!
声をかけられてしまったではないか!
・・・これは一体!?
妙に優しい声、言い方。
その風体から想像もつかない
高い声。
ただ言葉を発しただけでもこんなに
驚いてしまうとは。
私はその言葉に狼狽して暫時絶句してしまった。
しかしその後、かろうじて
「ああ、どうも。」
と笑顔になっていたかどうか分からないが、笑顔をつくって言ったのだった。
しかしそれ以来、ぷっつりと姿を見せなくなった。
まるで、私と交わした会話が原因かのように!!
一度も走行することのなかった、サーキットのお客様の話である。
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